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国旗も国歌もその国を代表するシンボルですが、そこにはその国の成り立ちや、民族の伝統文化が生まれた理想や国民全体の共通する願いが現れているのです。 国旗国歌に敬意をはらうことはまさにその国に敬意をはらう事と言っていいでしょう。国民にとっては誇りでもあり、名誉でもあります。ですから国の建国や、独立を祝う式典には、国旗が掲げられ国歌が歌われます。その時人々は起立し敬意を表すのが国際儀礼となっています。 世界の国旗は近代国家が成立する19世紀頃に制定されるようになり、国旗にはそれぞれの意味が込められています。其の世界の国旗の中でも誰が見ても最もシンプルな美しいすばらしい旗が、私たちの国旗日の丸です。古代から稲作を通じ太陽の恵みに感謝してきた日本人は、太陽を信仰の対象にして赤いまるで表しました。赤い日の丸は、太陽の光と円満な心を表し、白は清純な心を意味していると云われています。 中世初期には源平合戦の平家物語に日の丸が登場しています。又650年前に使われた後醍醐天皇の日の丸が今に伝えられています。 やがて日米修好通商条約批准のため我が国の使節団がアメリカに渡りましたが、その時咸臨丸に国旗日の丸が掲げられ、ブロードウエイでは日の丸と星条旗が掲げられ国旗日の丸が外国に翻った最初の出来事でした。 明治新政府も明治6年太政官布告によって国旗と定め、明治6年の元旦からは早くも東京の家々にも日の丸が掲げられ、祝日には全国に日の丸が翻るようになりました。 又我が国が戦争に負けると日本を占領したGHQは、日の丸の掲揚を禁止しましたが、昭和24年国旗掲揚の禁止が解除され昭和27年講和条約の発効で日本は独立を回復して日の丸ははれて事由に掲揚できるようになりました。 日の丸は時代の大きな変化にも関わらず一度も変わることはありませんでした。嬉しいときも悲しいときも日の丸は常に私たちの国の旗でした。 国際交流が盛んになる今日、日の丸は日本の国旗として多くの人々に知られています。 |
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国旗掲揚・後納の国際マナー 株式会社 更五(さらご) http://www.flag.or.jp/sarago/ |
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私たちの国歌「君が代」の由来は古く、2千年以上もさかのぼります。平安時代に出た古今和歌集の祝賀の歌 我が君は 千代に八千代に さざれ石の巌となりて 苔のむすまで が原典だと云われています。詠み人知らずと言われ、名も無き庶民により歌い継がれてきたことを物語っています。 この歌が人々に歌い継がれるうちに鎌倉初期には、『我が君は』が『君が代は』となり今の「君が代」が登場します。 江戸時代には人々が親しんだ浄瑠璃や謡曲にも「君が代」が唄い込まれ更に舟歌や盆踊りの祝い歌にも登場するようになります。 この「君が代」に曲がつけられ国歌となったのは、大山巌(西郷隆盛のいとこ)が明治3年横浜のイギリス公使館にいた軍楽長フェントンから、国際儀礼などに不可欠な国歌の必要性を聞き、「君が代」の歌を提出、フェントンが洋式の曲をつけたが歌詞とかみ合わず、明治13年宮内省一等伶人林広守らが作曲した雅楽の曲が採用されることになった。同年11月3日の天長節宮中祝宴で初めて吹奏されたのが、今日私たちが歌っている「君が代」の誕生となりました。 明治20年代には海外にも紹介され、文部省からも祝日用の歌として指定され、内外にも国歌としての取り扱いが定着していきます。 『君が代は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで』 この短い和歌の中には、世界の君主国の国歌に見られるように、天皇陛下を中心と仰ぐ私たちの日本が何時までも平和で繁栄しますように、小石が集まって巌となり苔の生えるようになる迄末永くと言う願いが込められています。 国際社会の一員として尊敬され、信頼される日本人となるためには自分の国を愛し、国旗国歌を愛する心を育てていくことが必要です。 |
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ビデオ 世界の中の日の丸・君が代より
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・参考資料(関連リンク) 国旗及び国歌に関する法律(国旗国歌法) |
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